【韓国の反応】韓国の障害者福祉に貢献した李朝最後の皇太子妃、日本人李方子妃の韓国の反応

李朝最後の皇太子の妻になった、日本人の李方子妃についての動画です。李方子妃は敗戦後に王族の立場を剥脱されますが、1963年に韓国に帰国し、皇太子が亡くなった後は韓国の福祉に貢献しました。1967年に障害を持つ子供のための施設「明暉園」を、72年には精神薄弱児のための教育機関「慈恵学校」を設立しています。1989年に行われた李方子妃の葬儀は、準国葬として執り行われ多くの市民が詰めかけました。

最後まで昌徳宮の楽善斎に住みながら徳恵翁主の病気の介護までされ、特に障害者等の社会活動を活発にされた方だ。日本人ではあるが、最後の朝鮮王室を守り、まさに朝鮮の皇太子妃にふさわしい方だ。

私はこの方を直接、目の前でお目にかかった事がある。私が出会った女性の中で最も気品があり、美しい女性であった!

国に力がなく100年前にはこのようになったが、二度とこのような悲劇が繰り返されないようにするべきだ。

慰安婦のお婆さん達は、もっと酷かった。

この皇太子妃は肢体障害者のための明暉園という施設を設立された方だ。

ヒロヒトの皇妃になる運命だったが、政略的に亡びる朝鮮の王子と結婚したので、日本の皇妃と滅びる植民地朝鮮の皇太子妃として比較されるが…方子女史個人の人生ではなかった。いい方だった。

日本人医師が李方子女史を見て不妊判定を下し、英親王に嫁がせた。

徳恵翁主、李方子女史は悲劇の女性だ。

韓国を離れないで、一生、人のために奉仕をされた方…尊敬します。

政略結婚の犠牲者だね。

その頃、全ての人は、自由の無い歳月を生きた。

ふざけるな。日本を象徴する意味がより大きい「化」者だ。

天国に行って良い暮らしをされる事を祈ります。

李氏王朝は全て親日派だ。高宗が日本に降伏して、日本が王族に給料をたくさん与えて、どれだけ豪華に暮らしていた事か。

心が痛い…

ところで私達はなぜ、私達の皇帝を捨てたのか…

もし雅子妃が結婚をしていなかったら、どうなっていただろうか?

日本人だが、他の日本人とは違って善良なので尊敬している方だ。

朝鮮王室李氏も朝鮮人も、悔い改めなければならない。

次の人生は、もう少し楽である事を祈ります。