【北朝鮮】2001年九州南西海域工作船事件を英語版wikipediaはどう記述しているか

2019年2月13日

2001年、日本の九州沖で不審船が発見され、海上保安庁が追跡したところ不審船との戦闘に発展。最終的に不審船が自沈し、のちに引き上げられた調査の結果、北朝鮮の工作船であったことが明らかになった、2001年九州南西海域工作船事件
北朝鮮は現在でも一切の関与を否定していますが、この事件を英語版wikipediaはどのように紹介しているのでしょうか。その全文を翻訳してお送りします。 

記事名:奄美大島の戦い 

戦闘の概要
日時:2001/12/21
場所:奄美大島沖の東シナ海
結果:日本側の勝利、北朝鮮工作船の沈没
戦力:
(北朝鮮):工作船 1隻
(日本):巡視船2−3隻、70人
被害:
 (北朝鮮):15人死亡、工作船1隻沈没
(日本):3人負傷、巡視船1隻に損害

概要
 

奄美大島の戦い(九州南西海域工作船事件)は、日本の海上保安庁と武装した北朝鮮船との間で東シナ海の奄美大島付近で発生した6時間の戦闘のこと。 この2001年12月の事件は、後に日本の当局がスパイ工作船と認定したと発表した北朝鮮船の沈没で終わった。事件は日本の領海外で発生したが、排他的経済圏の中であり、日本が陸海から200海里(370km; 230マイル)に及んで日本が漁業と鉱物資源に対する独占権を主張することができる区域の中で発生している。
 

背景

武装したトロール船は、鹿児島県喜界島の情報本部の管理下にある通信局によって発見された。 1999年に、日本の海上保安庁が遭遇した別の北朝鮮の船舶は、日本が工作船であると主張したものの、北朝鮮はそれを否定している。

戦闘
 

 当日(12/21)の早朝、トロール船は停船を命じた4隻の海上保安庁船舶に追跡され、さらにその命令が無視された際に25発の威嚇射撃が行われた。その後6時間の銃撃戦が行われ、その中で1,000発を超える機関銃が両陣営で発砲された。北朝鮮の乗組員は肩掛け式のロケット発射装置を装備したと言われている。その一方、北朝鮮のトロール船は20mm(0.79インチ)砲で攻撃を受けた。日本の攻撃とは直接関係のない複数回の爆発が船に打撃を与えたのち、船は沈没した。ガーディアン紙によると、「15人の生存者が荒海でブイにしがみついているのが観測されたが、日本の船は捕獲に抵抗するために力を使うことを恐れて無視するよう命じられていた」とのこと。 2人の遺体は回収、13人以上が行方不明とされ、彼らは数日後に死亡したと推定された。

海上自衛隊の特別警備隊が乗船するべく動員されていたにも関わらず、日本の防衛庁の正式な命令を待つ必要があったため乗船することはなかった。乗船はおろか、命令が通達される前に船は沈没してしまった。

これらの一連の流れは海上保安庁によりビデオ撮影されていた。

その後

2003年、このトロール船は日本によりその出自と目的を調査するために引き上げられた。船舶の調査の結果、北朝鮮起源の船であり、潜入とスパイ目的のためと認定された。中国製または日本製の漁船として偽装されており、33ノット(61 km / h; 38 mph)を航行できることも明らかになった。小型モーターボートの出口として使用するために船尾に隠蔽された二重ハッチも存在していた。検査が完了後、船体は横浜にある海上保安庁博物館に展示され、人気のある観光名所となった。